これは本当なの?日本歴史の秘話や裏話、噂話を紹介

日本 歴史 秘話

教科書で学ぶ歴史は無味乾燥なイメージがあり、年号を覚えたり、難しい言葉に四苦八苦したりした覚えは誰にでもあると思います。

ですが、人の生き様や隠れた逸話などにスポットを当てると、歴史はとたんに興味深いものになってきます。

今回の記事では、日本の歴史でも人気の高い人物に関する裏話を集めてみました。

これは本当なの?日本歴史の秘話や裏話、噂話を紹介

日本歴史の秘話や裏話①「秀吉には指が6本あった?」

はじめて天下統一を成し遂げた、ご存知豊臣秀吉の右手には親指が2本、つまり計6本の指があったらしいのです。

これは2つの文献から推測されることで、その1つは前田利家の言語録である『国祖遺言』、もう1つは織田信長に重用された宣教師ルイス・フロイスが書いた『日本史』です。

前田利家もルイス・フロイスのどちらも良きにつけ悪しきにつけ秀吉と関係の深かった人物なので、誹謗中傷の意味があるのでは、と推測する学者もいますが、前後の文脈や当時の事情から、真実を記述したものとの捉え方が有力になっています。

指の数が多いというのは決して珍しいことではなく、現在においてはすぐに手術で取り除いてしまうので、目立たないだけです。

そのような手術がなかった秀吉の時代には、そのまま生活していた人も少なくなかったことでしょう。

日本歴史の秘話や裏話②「徳川家康の死因は?」

健康には人一倍気を付け、年を取ってからは自分でもよく薬を調合していたという徳川家康は75歳まで生きました。が、その死因についてはいくつかの説があります。

一般的に信じられているのが、好物の天ぷらを食べ過ぎた食あたり(または食中毒)が原因という説です。

ですが、死の直前の様子を記述した文献には胃癌の症状に似た記述があり、本当の原因はガンなのではないかと推測されています。

また、家康はすでに関ヶ原の合戦の際に命を落としており、その後は影武者が務めていたという俗説もありますが、こちらの方はあまり信ぴょう性がないようです。

日本歴史の秘話や裏話③「フランシスコ・ザビエルはハゲていない」

歴史教科書でおなじみの宣教師フランシスコ・ザビエル。

肖像画では頭のてっぺんがハゲているように描かれているので、笑ったり、頭の薄くなった人を「ザビエル」などと呼んでからかったりしたこともあったと思います。

が、実際のザビエルは髪の毛がしっかりとありました。

キリスト教ではその昔、聖職者になって俗世界に別れを告げる時に、頭頂部分の髪を剃りました。仏教でいう剃髪ようなものです。

この髪型はトンスーラと呼ばれますが、ザビエルはトンスーラをしていなかったにもかかわらず、「宣教師らしくトンスーラ姿で」と描かれたのがあの肖像画だったのです。

実際、世界にいくつかあるザビエルの銅像にはどれも髪の毛がしっかりあります。

日本歴史の秘話や裏話④「幕末の志士たちの身長は?」

一昔前まで(今でも?)、日本人の身長は世界の中では低い方でした。

ことに江戸時代の日本人の身長の平均は男性155cm、女性143cmと大変小柄だったのですが、有名な幕末の志士たちの身長はいったいどのくらいだったのでしょうか。

大きいことで有名な西郷隆盛の身長は175㎝から180㎝の間、そして体重は100㎏を超えていたのではないかと推測されています。

坂本龍馬も高身長で、176㎝くらいとされています。びっくりなのが龍馬の姉で、女丈夫として有名な乙女。彼女も身長が175㎝近くあったといいます。当時の女性としては破格の大きさですね。

イメージと違って意外と小さかったのが高杉晋作で158㎝くらいとされています。それでも平均身長くらいですが、奇兵隊を創設し、倒幕を方向付けた勇ましいイメージからするとやはりちょっと意外です。

また、新選組局長の近藤勇は164㎝ほど。当時の平均に比べれば小さくはありませんが、現代の感覚からすれば小柄です。内閣総理大臣にもなった伊藤博文は154㎝だったとか。

ちなみに源平時代の英雄、源義経の身長は147cmほどだったそうです。小さくて身軽だったから素早く立ち回れたのですね。

最後に

以上、4つの日本の歴史の裏話をご紹介しました。こんなエピソードを知れば、ちょっと歴史に対する興味も湧いてくるのではないでしょうか。